「一般的な会社の制度だから、うちの保育園には適用されないんだよ」
前回の記事でご紹介した、とある保育現場で実際に起きた経営者と顧問社労士による「姑息な隠蔽工作」のワンシーン。2025年10月1日施行の改正育児・介護休業法を巡り、現場に内緒で「たった15分の時差出勤」というおままごとのような就業規則の書き換えを行い、それをベテラン保育士に問いただされた理事長が言い放った大嘘です。
株式会社であろうと、社会福祉法人であろうと、人を雇うすべての事業主に適用される法律を「うちは保育園だから関係ない」の一言で踏みにじろうとした罪は重いとお伝えしました。
しかし、事件はこれで終わりではありませんでした。 驚くべきことに、この醜悪な隠蔽工作には、さらに現場を凍り付かせる「続き」があったのです。
経営陣の嘘を暴き、正当な権利として「柔軟な働き方」を行使しようとした職員に対し、園が仕掛けた「第二波の嫌がらせ」と「あまりにも無責任なトカゲの尻尾切り」。今回は、元税金Gメン(徴税吏員)としての調査・臨検の視点、そして社会保険労務士有資格者のロジックを掛け合わせ、このリアルな事件の続報を徹底的に解剖します。
1. ハラスメントの現行犯:「本当に使うつもりなの?」という同調圧力
大嘘を看破され、これ以上は隠し通せないと悟った理事長や園長。彼らが次に取った行動は、法律の遵守ではなく、労働者への「精神的プレッシャー」でした。
いざ、育児とフルタイム勤務を両立させるために制度の利用を正式に申し出た職員に対し、管理職が放った言葉がこれです。
「……で、本当に使うつもりなの?」
これは法律用語で言うところの、典型的な「マタハラ(マタニティハラスメント)」であり、育児休業法が厳重に禁止する「育児両立支援制度の利用を理由とする不利益取り扱い・嫌がらせ」の現行犯です。
育児・介護休業法第21条、および厚生労働省の指針では、労働者が育児のための制度を申し出たこと、または利用しようとしたことに対して、事業主や上司がそれを阻害するような言動をすることや、周囲の労働者からの嫌がらせを放置することを明確に禁じています。
「制度は(形だけ)作った。でも、職場の空気を読んで普通は使わないよね?」という同調圧力。これこそが、現場で身を粉にして働く子育て世代の心を折り、離職に追い込み、結果として日本の少子化を最悪のスピードで加速させている元凶そのものです。法律を作っても、それを行使しようとする人間に「お前は本当に空気の読めないやつだ」と無言の刃を突きつける。経営陣のこのマインドこそが、一番のコンプライアンス違反です。
何より恐ろしいのは、「こちらからこの話題を振らなければ、一生この話はないもの(存在しない制度)になっていた」という事実です。言われなければ隠し通し、気づいた職員が声を上げたら、今度は牙をむく。これが福祉を掲げる組織の実態なのです。
2. 呆れた責任転嫁:「お前が他の職員に説明しろ」という職務放棄
さらに信じられないことに、この保育園の経営陣は、常識を疑うような条件を突きつけてきました。
「じゃあ、あなたがその制度を使うっていうなら、この制度の説明と使用の手続きについて、あなたが他の職員全員に説明してちょうだい」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことです。 ふざけるのも大概にすべきです。
前回の記事でも解説した通り、2025年10月改正の最大の肝は、3歳から小学校就学前までの子を育てる従業員に対し、企業側が「個別の周知・意向確認」を行う義務(育介法)にあります。就業規則を正しく変更し、従業員がいつでも見られる状態にする「周知義務(労基法106条)」、そして新しい両立支援制度の内容を対象者に説明し、意向をヒアリングする責任は、すべて「事業主(経営陣)」にあります。
自分たちが密室でコソコソ隠蔽しようとして失敗し、ベテラン職員に突っ込まれたからといって、その説明責任を、一労働者であり、かつ育児の当事者である当人に丸投げするなど、管理職としての職務放棄以外の何物でもありません。
この要求の裏にある経営陣の意図はあまりにも陰湿です。 「使いたいなら、他の職員に『あの人のせいで私たちのシフトが変わる、業務が増える』と嫌味を言われるリスクを、自分で背負って説明しなさい」 そうやって、職場内での孤立を恐れて職員が自発的に「やっぱり制度を使うのを諦めます」と言い出すのを待っているのです。自分たちの手を汚さずに、労働者同士の分断を利用して権利を潰そうとする。これほど姑息なトカゲの尻尾切りを、私は他に知りません。
3. 実害の発生:園側の「もたもた」によるシフト遅延という権利侵害
そして、ついに具体的な「実害」が発生しました。
当該職員は、生活設計や保育園の送迎時間を緻密に計算し、「6月1日から制度(時差出勤・時短)を利用したい」と、法的な猶予を十分に持たせて事前に申し出ていました。 ところが、園長や理事長が「前例がない」「どう手続きしていいかわからない」などと事務作業を「もたもた」と引き延ばし、結論を出さずに放置したのです。
そうして時間を稼いでいる間に、容赦なく次の月のシフトを組むタイミングが訪れます。園長はこう言い放ちました。 「もう6月のシフトが組まれて確定しちゃったからさ。あなたの制度利用は1ヶ月後ろ倒しね。7月からにして」
これは単なる「事務処理の遅れ」という言い訳では済まされない、重大な権利侵害です。 労働者が法律に基づき、適切な時期に正当な権利行使の申し出を行っているにもかかわらず、会社の不手際(あるいは故意の引き延ばし)によってその権利が1ヶ月間剥奪された。これは、労働契約上の不履行であり、実質的な不利益取り扱いに該当します。
もし、この1ヶ月の間に送迎が間に合わず、延長保育代が余計にかかったり、親族に無理な援助を頼まざるを得なくなったりした場合、その損害は誰が補償するのでしょうか。「シフトが組まれたから」というのは、会社側の管理能力の不足であり、労働者がその不利益を被る筋合いは1ミリもありません。
4. 元徴収官の冷徹な目:お役所(労働局・労基署)が最も嫌う「確信犯の引き延ばし」
私はかつて、税金Gメン(徴税吏員)として、数々の悪質な滞納者や、財産を隠蔽しようとする経営者と対峙してきました。彼らの常套手段はいつも同じです。「知らなかった」「担当者がいなかった」「今忙しくて手が回らない」、そうやって時間を稼ぎ、うやむやにしようとするのです。
しかし、役所(労働基準監督署や、育介法を管轄する都道府県労働局の雇用環境・均等部)が調査に入った際、最も重いペナルティや苛烈な指導を受けるのは、どのような会社かご存知でしょうか。 それは、単に「知識がなくて間違えてしまった会社」ではありません。 「制度の存在を知っていながら、労働者に嫌がらせの言葉を浴びせ、事務手続きをわざと遅らせて、実質的に権利行使を妨害した確信犯」です。
今回の保育園のケースは、お役所の「アウト(是正勧告)」リストに直行するレベルの悪質性が、見事なまでにスリーステップで揃っています。
- マタハラ(精神的威圧): 「本当に使うの?」という発言による利用阻害
- 義務の不当転嫁: 事業主の義務である「周知・説明」を労働者へ強要
- 実害の発生(引き延ばし): 故意または過失による事務遅延での権利剥奪
もしこの職員が、労働局の雇用環境・均等部に「育休復帰後の両立支援制度を申し出たところ、上司から嫌がらせを受け、手続きを放置されて利用を1ヶ月拒否された」と、具体的な日付と発言のメモを持って駆け込んだらどうなるか。労働局は即座に動き、社会福祉法人に対して強力な行政指導(是正勧告・指導)を行います。
さらに、前回の記事で指摘した「労働者代表の意見聴取の偽造(労基法90条違反)」が裏でセットになっているのであれば、労基署からの臨検(ガサ入れ)が入ってもおかしくない事案です。人手不足が叫ばれる保育業界において、ひとたび労働局から「悪質なマタハラ・法令違反の法人」として目を付けられれば、助成金の停止や、行政による監査の強化など、法人の存続に関わる致命傷を負うことになります。
まとめ|経営者に媚びる「御用社労士」と、現場を守る「本物の社労士」
「人手が足りないから」「現場のシフトが回らなくなるから」 経営者の皆さんが抱えるその悩みの深さは、私もよく理解しています。特に保育や介護の現場は、ギリギリの人員配置で運営されていることが多く、一人の働き方が変わるだけでも調整が大変なのは事実です。
しかし、だからといって、法律を無視して現場で身を粉にして働いている従業員に嘘をつき、脅し、事務を引き延ばして騙していい理由には1ミリもなりません。 特に福祉や教育といった、働く人間の「高いモラルと献身」によって成り立っている業界において、経営者が従業員に牙をむき、嘘をつくことは、組織の信頼関係を根底から腐らせます。そんな環境で、子どもたちに「誠実に生きなさい」と教える保育ができるはずがありません。
そして最も罪深いのは、経営者のこの暴挙を止めるどころか、「就業規則を付箋でちょこっと変えて、黙って労基署に出しちゃえばバレませんよ」などと知恵を授けた(あるいは黙認した)顧問社労士です。労働者と企業の架け橋となり、健全な職場環境を作るべき専門家が、経営者の目先の保身のための「隠れ蓑」になり下がっている。同業者として、到底許せるものではありません。
社会保険労務士オフィス LIFE ONE は、経営者に盲目的に媚びて、違法行為を助長するようなコンサルティングは一切行いません。元徴収官の冷徹な目で法令遵守(コンプライアンス)の網を張り、経営者のリスクを徹底的に排除します。その上で、現場の職員も納得して、安心して長く働ける「真に強い組織のルール」を構築します。
「うちの会社の法改正対応、本当にこれで大丈夫か?」 「顧問社労士は『大丈夫』と言っているが、現場に不満が溜まっていないか?」 「法律違反の時限爆弾を抱えていないか?」
少しでも胸に刺さるものがあった経営者の方は、手遅れになって現場のベテラン職員が一斉に離職する前に、当オフィスのコンプライアンス診断をご利用ください。守るべきは、目先の嘘ではなく、共に働く職員の信頼です。


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