【元徴収職員が解説】給料って全額差し押さえられるの?国税徴収法76条の「差押禁止額」がひっそり上がっていた話

目次

はじめに:差押えの現場を知る「元Gメン」として

私のキャリアの根底には、かつて自治体で市町村税の「税金Gメン(徴収職員)」として現場を駆け回っていた、あの数年間の強烈な経験があります。

当時は日々、滞納者の方と向き合い、資産調査を行い、滞納処分をバンバン行い、日々配当計算書を作り、複雑な給与差押えの計算と格闘していました。

税金や社会保険料の滞納というテーマは、どうしても「怖い」「重い」というイメージが先行しがちです。特に「給与の差押え」と聞くと、ドラマや映画の影響もあってか、

「差し押さえられたら、給料が全額持っていかれて明日からご飯が食べられなくなるのでは…?」

と絶望的な勘違いをされている方が非常に多くいらっしゃいます。

しかし、結論から申し上げますと、給料が全額差し押さえられて手取りがゼロになることは、法律上あり得ません。

国税徴収法第76条という法律によって、滞納者やその家族が人間らしい最低限の生活を送るための「防波堤」として、「差押禁止額(差し押さえてはいけない金額)」がガッチリと定められているからです。
最低限といっても物価高の昨今では到底暮らせるとは思えませんが…。

先日、元Gメン・現役社労士としての目線で法令のマイナーチェンジを改めて確認していたところ、ふと目についたトピックがありました。

それが、国税徴収法第76条(給料等の差押禁止)における定額控除額の改定です。

現場で電卓を叩いていた頃の記憶が体に染み付いている私にとっては「あれ、数字が上がってる!」という新鮮な発見だったのですが、実は令和2年(2020年)4月1日施行の税制改正によって、ひっそりと生活保障のラインが引き上げられていたのです。

今回は、この「給与差押えのメカニズム」と「最新の差押禁止額ルール」について、元徴収職員の生々しい実務経験を交えながら、どこよりも詳しく、分かりやすく解説していきます!

1. そもそも「給与の差押え」とはどういう仕組みなのか?

まず前提として、行政による給与差押えの基本的なスキームを押さえておきましょう。

税金や社会保険料を滞納し、督促状や催告書を無視し続けた場合、自発的な納付が見込めないと判断された段階で行政は「滞納処分(財産の差押え)」に着手します。その対象として最も頻繁に選ばれるのが「給与」です。

なぜなら、給与は毎月確実に発生する「債権」であり、預金のように引き出されて空っぽになるリスクが低く、確実に回収できるからです。

会社(事業主)は「第三債務者」として巻き込まれる

給与の差押えが実行されると、役所から滞納者本人へ通知が行くだけでなく、滞納者が勤務している「会社(雇用主)」宛てに『債権差押通知書』という公的文書が送達されます。

この瞬間、会社は法律上「第三債務者」という立場になります。

「第三債務者」となった会社には、極めて重い法的義務が発生します。

  1. 滞納者(従業員)に対して、差し押さえられた部分の給与を支払ってはいけない(支払うと二重払いのリスクを負う)。
  2. 差押計算に基づき算出された「差押可能額」を、従業員の代わりに役所(国や自治体)へ直接送金しなければならない。

つまり、給与差押えが発生した時点で、会社側も否応なく行政の手続きに巻き込まれ、毎月の給与計算で複雑な計算をし直さなければならなくなるのです。

2. 給与差押えの基本計算式:いくら残って、いくら取られるのか?

では、実際に給料のうち「いくらが差し押さえられ」「いくらが本人の手元に残る」のでしょうか?
差押え金額によっては死活問題となります。

国税徴収法第76条(および同施行令)では、給料から差押えを行える限度額を算出するために、以下のステップで「差押禁止額」を計算するルールを定めています。

給与総額(額面)から、次の1〜4の合計額を差し引いた金額が「差押えができる限界の額(差押可能額)」となります。

【差押禁止額の構成要素】

① 法定控除額(公課)

税金や社会保険料など、給与から控除されるべき公的な控除です。

  • 所得税
  • 住民税
  • 健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料など

② 生活維持のための定額部分(★今回の主役!)

滞納者本人および、その人と生計を一にする親族(配偶者や子ども、高齢の親など)の最低生活費を保障するための金額です。

③ 変動部分(手取り残額の20%相当)

①と②を引いた後に残った金額の「20%分」も、生活の余剰部分として本人の手元に残さなければならないというルールです。

④ 通勤手当など

実費弁償的な性格を持つ給与(通勤手当など)も、原則として差し押さえが禁止されます。

要するに、「税金等を引き、最低生活費を引き、さらに残りの2%〜20%を上乗せして本人に残し、それでも余った部分だけを役所が回収する」という構造になっているのです。

「給料が全額持っていかれて身ぐるみ剥がされる」というのは完全な都市伝説であり、法律は「滞納者の明日の生活」を最低限は保護していることがお分かりいただけると思います。

3. 「10万+4.5万」から「10.7万+4.8万」へ!令和2年改定の真相

ここからが、今回の本題です。

先ほど説明した「② 生活維持のための定額部分」の基準額が、実は令和2年(2020年)4月1日に引き上げられました。

基準額の変更内容

私が自治体の現場で電卓を叩き、配当計算書を作成していた頃は、この定額部分といえば「本人分 100,000円 + 扶養親族1人につき 45,000円」という数字が完全に体に染み付いていました。

「10万足す4.5万×人数」というのは、徴収職員にとっていわば「九九の暗唱」のような基本中の基本だったのです。

しかし、現在の基準額は以下のように改正されています。

区分変更前の基準改定後の基準(現在)
滞納者本人分100,000円107,000円(+7,000円)
扶養親族1人につき45,000円48,000円(+3,000円)

改定時期:令和2年(2020年)4月1日施行(国税徴収法施行令第34条の改正)

なぜこの時期に引き上げられたのか?

「なぜ中端数な7,000円や3,000円がプラスされたのか?」と思われるかもしれません。

この改定の引き金となったのは、平成30年度(2018年度)税制改正で決定され、令和2年(2020年)1月から適用された「働き方改革を後押しする所得課税の見直し」です。

覚えている方もいらっしゃるかもしれませんが、この改正では、

  • 給与所得控除が一律10万円引き下げられた
  • その代わりに、基礎控除が一律10万円引き上げられた

という「控除の付け替え」が行われました。

国税徴収法第76条における差押禁止額の基本算定は、税法上の所得控除や生活保護基準、当時の物価・賃金水準と密接に連動しています。税制全体の見直しに伴い、滞納者の手取り実質額や最低生活費の保障ラインが削られてしまわないよう、バランスを取る形で国税徴収法施行令第34条が改正され、「107,000円 + 48,000円×人数」へとアップデートされたのです。

さらに、昨今の物価高騰(インフレ)の波を考えると、この数千円の引き上げは決して小さな金額ではありません。

4. 実際に計算してみよう!どれくらい手元に残るのか?

数字だけ並べてもピンとこないかもしれませんので、具体的なシミュレーションをしてみましょう。

例えば、以下のような条件の従業員(滞納者)がいたとします。

  • 月額総支給額(額面): 35万円(通勤手当なしと仮定)
  • 社会保険料+所得税+住民税(法定控除): 6万円
  • 家族構成: 妻(専業主婦)と子ども1人(合計2人を扶養)

この場合の手取り額はざっくり 35万円 – 6万円=29万円 です。

【旧基準(〜令和2年3月)での計算】

  1. 法定控除:60,000円
  2. 定額部分:本人100,000円 + 扶養45,000円 × 2人 = 190,000円
  3. 小計:60,000円 + 190,000円 = 250,000円
  4. 残額:350,000円 – 250,000円 = 100,000円
  5. 変動部分(残額の20%):100,000円 × 20% = 20,000円
  6. 差押禁止額の合計: 250,000円 + 20,000円 = 270,000円

👉 差し押さえられる金額: 350,000円 – 270,000円 = 80,000円

👉 本人の手元に残る金額:350,000円 – 60,000円 – 80,000円 = 210,000円

【新基準(現在:令和2年4月〜)での計算】

  1. 法定控除:60,000円
  2. 定額部分:本人107,000円 + 扶養48,000円 × 2人 = 203,000円(★13,000円アップ!)
  3. 小計:60,000円 + 203,000円 = 263,000円
  4. 残額:350,000円 – 263,000円 = 87,000円
  5. 変動部分(残額の20%):87,000円 × 20% = 18,000円 (100円未満切り上げ)
  6. 差押禁止額の合計: 263,000円 + 18,000円 = 281,000円

👉 差し押さえられる金額: 350,000円 – 281,000円 = 69,000円

👉 本人の手元に残る金額:350,000円 – 60,000円 – 69,000円 = 221,000円(★旧基準より11,000円多く残る!)

いかがでしょうか?

基準額が少し上がったことで、同じ給料・同じ家族構成であっても、滞納者本人の手元に残るお金が11,000円増え、役所が差し押さえられる金額が11,000円減ったことが分かります。

差押えを行う行政側(Gメン)からすると「回収できる額が減って計算がややこしくなった」ということになりますが、滞納者やその家族からすれば、生活の破綻を防ぐための貴重な1万円の防波堤となっているのです。

5. 元Gメンだから語れる「実務の現場」の生々しいリアル

ここまで法律や計算の話をしてきましたが、ここで少し、私が現場にいた頃の生々しい実務のお話をさせてください。

給与差押えの手続きは、書類上・計算上の処理だけで終わるものではありません。その背景には、必ず「人間ドラマ」と「現場の混乱」が存在します。

① 役所からの電話と「悲鳴を上げる経理担当者」

役所から会社宛てに『給料等差押通知書』が届くと、ほぼ100%の確率で会社の経理担当者や社長から役所に激しいトーンで電話がかかってきます。

「いきなりこんな書類を送ってきてどういうことだ!」

「うちはただ給料を払っているだけだ!うちを巻き込むな!」

「計算方法が複雑すぎて意味が分からない!間違えたらどうするんだ!」

お気持ちは痛いほど分かります。会社にとっては完全に「とんだとんだ災難」であり、余計な事務負担でしかありません。

しかし、前述の通り会社は法律上の「第三債務者」です。役所の徴収職員は、怒れる社長や困惑する経理担当者に対して、国税徴収法第76条の仕組みを懇切丁寧に説明し、時には計算のサポートをしながら、指定の期日までに「差押可能額」を計算して送金してもらうよう依頼するのです。

② 滞納者本人の「逆上」と「相談」

給与差押えが実行されると、本人は会社での立場を失うリスクに晒されます。「会社に滞納がバレた」「給料が減った」ということで、役所の窓口に怒鳴り込んでくる方も珍しくありませんでした。

しかし、腹を割って話を聞いてみると、

  • 「病気で働けない時期があって、どうすればいいか分からず放置してしまった」
  • 「住宅ローンと教育費の重圧で、どうしても税金まで手が回らなかった」

といった、切実な事情を抱えているケースがほとんどなのです。

差押えは、行政側にとっても「最終手段」です。決して嫌がらせや懲罰で行うものではありません。

私は徴収職員時代、電卓を叩いて機械的に差し押さえること以上に、「どうすれば差押えという最悪の状況を回避し、分割納付(換価の猶予・徴収の猶予)の手続きに乗せて、生活を再建してもらえるか」という対話のプロセスを何より大切にしていました。

6. 企業・労務担当者が知っておくべきリスク管理

社労士として独立した現在の視点から、企業の経営者や人事労務担当者の皆様にぜひお伝えしたいことがあります。

それは、「もし従業員の給与差押通知書が届いたら、会社としてどう動くべきか」というリスク管理の視点です。

1. 放置は厳禁!会社の法的責任

「従業員の個人的な問題だから」と差押通知書を無視して従業員に全額給与を払い続けてしまうと、会社自身が役所から差し押さえ(滞納処分)を受けるリスクが発生します。第三債務者としての義務を怠ったとみなされるためです。通知が届いたら、必ず期限内に差押計算を行い、指定口座へ送金しなければなりません。

2. 計算ミスによるトラブルを防ぐ

国税徴収法76条の計算は非常に複雑です。特に賞与(ボーナス)が支給される月や、途中で扶養家族の人数が変わった場合、通勤手当の非課税枠の扱いなど、間違えやすいトラップが多数存在します。

計算を間違えて「差し押さえすぎてしまった」場合、従業員との間で深刻な労働トラブルへと発展することもありますが…差押えされたのは従業員本人の責任が100%と言っても過言ではありません。そんなに気にする必要はないとは思いますが、きちんと計算することが必要です。

3. 従業員へのメンタルケアと退職リスク

給与を差し押さえられた従業員は、羞恥心や絶望感から突然会社を辞めてしまったり、業務へのモチベーションを著しく低下させたりすることがあります。

会社として「法的義務は果たすが、プライバシーは守る」という姿勢を示し、必要であれば専門家に相談できる環境を整えるなど、人道的な配慮も求められます。

おわりに:お困りの際は「元Gメン×現役社労士」のLIFE ONE HRへ

今回は、国税徴収法第76条の「給与差押禁止額」の改定(10.7万円+4.8万円ルール)を切り口に、差押えのメカニズムと実務のリアルについてお話しさせていただきました。

「税金の滞納」や「給与の差押え」という問題は、法律・税務・労務・そして人間の感情が複雑に絡み合う、極めてデリケートな分野です。

一般的な士業(社労士や税理士)であっても、「実際に行政の内部でどのような基準・手順で差押えが進められているのか」という「役所側の思考回路(ロジック)」まで知り尽くしている人は、そう多くはありません。

LIFE ONE HRでは、

  • 現役社労士としての「正確な労務管理・給与計算の知識」
  • 元税金Gメンとしての「役所の現場・滞納処分のリアルな裏側を知る視点」

この2つの強みを掛け合わせ、企業様が抱える複雑な労務トラブルや、社会保険料・税金の滞納・差押えに関するご相談に対して、他にはない深みのあるアドバイスを行っております。

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